2008年までご愛顧いただいた「目指せFI」ウェブサイトは2009年、「FI Planning」として全面リニューアルいたしました。

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FIへの道

1. お金の話は特別扱い

お金の話は何かと特別視されがちです。プロファイルでも書きましたが、お金の話は一般にタブー視され、親しい間柄でも話すことは稀です。どうして、そんなにお金の話は特別視されるのでしょうか?

お金は卑しいことか?−歴史的考察−

日本ではなぜかお金を卑しいこととして扱っているような気がします。親から子へと、あるいは教育現場で「お金(を求めること)は卑しい」と教えられています。どうしてそのような教え方になったのでしょう?

これは推測で、歴史的な検証をしていませんが、為政者が人々から力を削ぐために「お金=卑しいこと」として人民をコントロールしてきたのではないでしょうか?江戸時代、お金を扱う商人は「士農工商」として低い地位に位置づけられました。当時、人口の多くを占めた農民は、第1次産業の担い手としてコントロールされなければなりませんでした。その農民から租税を取り、かつ反乱などが起こらないようにコントロールすることは、為政者の重要な課題であったはずです。そこで、農民を身分差別の第2位にランクして自尊心を持たせつつ、お金に関する権力を「卑しいこと」として、農民から奪ったのです。商人は「卑しい人々」とランク付けられ、現実には良い暮らしをしつつも、形式上は下位の身分として扱われたのです。

さて、これと同じ状況が現代の日本やアメリカでもあると思いませんか?第1次産業従事者が人口に占める割合は減りましたが、その代わり「サラリーマン」が国を支える労働力の大きな割合を占めるようになりました。源泉徴収という名の徴税制度でコントロールされ、お金を稼ぐことは「ずるいこと」として扱われています。もし、この為政者のコントロール方法にそのまま従ってしまえば、国を支える多くの人は金銭的に抑圧され続けることになります。お金を正しく理解してその抑圧から自由になるか、抑圧され続け、心理的に「卑しい」と刷り込まれたお金を特別視し続けるか、あなたはどちらを選択しますか?

税金とお金の心理

所得税率は累進課税で、高額所得者ほど税率が高くなります。ちょっと待ってください!累進でなくてフラット、例えば一律20%が所得税だったとしても、高額所得者はその分、多く払うことになりますよね。年収100万円の人は20万円、1000万円の人は200万円になります。どうして、さらに「税率」まで上げて、高額所得者から取るのでしょう?一生懸命働いて、その分たくさん稼いでも、税金で取られる分はさらに増える。ここにも為政者のコントロールの仕組みがあると思いませんか?

累進課税は多くの場合「金持ちから多くとって、一般の人(=金持ちでない)からはあまり取らない」「だから平等になってよい」「富の再分配で社会を良くする」などと解釈されています。でも、あなた自身が汗水たらして働いて、収入が増えると税金が増えるんですよ。もちろん、近代社会として弱者を保護し、豊かな社会にする上で低所得者に配慮することは良い事です。しかし、隣でだらだら働いてる人は税金が少なくて済み、一生懸命働いているあなたが多くの税金を取られるのです。これが本当の「平等」でしょうか?もし、これが歪んだ「平等」なら、それなりの対処をするのは、正しい事なのではないでしょうか?少なくとも個人がこういった社会構造に適応する必要はあるでしょう*1

FIと感情

友人の年収を知っていますか?親や兄弟の給与は?配偶者の給与は知っていますよね?自分の親の年収を超えたいと思ったことはありますか?友達が自分よりも年収が高くて「どうして彼/彼女が自分よりも多くもらっているのか」「多くもらえて良いなぁ」などと思ったことはありませんか?「あいつよりも給与が上だ」と優越感を持つことはありませんか?そもそも、年収を人と話すことはほとんどありません。わざわざ言う必要はありませんが、投資、貯蓄、家(の値段)などはなかなか具体的な数字を挙げて話すことはありません。どうしてなんでしょう?

私なりの答えは「羨ましいから」「妬まれるから」だと思います。つまり、感情的に捕らえているのです。お金の話をしていて、相手が自分よりも「富んでいる」と思うと、羨ましいと思います。自分のほうがお金を持っているように思われると「嫉まれるのでは」と心配になります。だからお金の話をしないのではないでしょうか?このような感情が正しい判断を妨げては、それこそ損をすると思います。

また、「投資」をリスクだけで考えたり、お金がある人だけがするものと思ったりするのは、恐怖心が先に来るからでしょう。冷静に投資を考えれば、統計数学と群集心理学の応用問題です。リスクは通常、利回りがどのくらい平均から偏るか、という標準偏差で計られます。また、株価の上下は市場で売り買いする人の期待と不安で決まります*2。特に自分の「お金」が掛かっていると尻込みしてしまう人は多いですよね。運用には自分の未来も掛かっていることを考えると、目をそむけずに恐怖心を押さえて直視する必要があるのではないでしょうか。

2. 心理的な壁を乗り越えよう

このように、歴史的な背景、社会構造、そして感情が邪魔して、お金の話をすることは、心理的な大きな壁になっています。この壁を意識して、必要に応じて取り払っていけば、正しい知識と判断力でFIを達成できるようになります。「必要に応じて」というのは、例えば社交的に都合が悪いときまでお金の話をしなくてもよいと思うからです。逆に投資で火傷を負ったときなどは、パニックにならずに冷静に市場を分析するとか、アドバイスを求めるなど、心理的な壁を取り除き、冷静な対応が必要です。FIの話題に興味があり、感情的にならずに話すことができる人たちと建設的な会話をするなら、お金の話も、有意義になるでしょう。

経済を客観的に眺める

ここで経済とは国や地域の経済状況ではありません。自分の財布の中身や、他の人のもののことです。例えば自分よりも良いもの(車や家や電気製品など何でもよいのです)を誰かが持っていたとき、自分の心を冷静に見ると面白いでしょう。羨望、嫉み、競争心、あるいは不公平だと思う感情が湧いてきませんか?私は(特に以前は)そういう感情ムラムラでした。そういう感情そのものは良いことでも悪いことでもないと思います。しかし、その感情にどう反応するかというのは自分の責任です。感情そのものを押さえ込む必要はありませんが、それに反応するときは理性的に反応するのがFI的な、責任ある行動だと思います。その人が計画を立ててそれを手に入れたのか、無計画な浪費なのか、自分が同じものを手に入れるとしたらどういう計画を立てるか、その人からノウハウを学べないか、など冷静に判断していけたら、自分のためになると思います。

投資に失敗はない

投資で損をすると「やっぱり投資はリスクがある」といって投げ出してしまう人がいます。あるいは「先立つものがなければ投資はできない」といって、どうやったら自分の将来のための運用ができるか、深く考えるのを止めてしまう人もいます。私から見るととても「勿体無い」ことに思えます。

投資で損をしたり、あるいは何%も価値を下げてしまうFundがあると、「失敗してしまった」と思うことがあります。もちろん、それだけを見れば利回りはマイナスかもしれません。しかし、投資はスポーツと同じで何度も訓練して、経験して、体を動かして初めて身に付くものです*3。その失敗から何かを学び、次の投資に活かせれば、それは失敗ではなく将来のための「経験」です。投資の損は、学ぶことを諦め、将来に活かさないから失敗になるのであって、長期的に考えていけば、それは最終的なゴールへのステップに過ぎないのです。

お金がないから投資する

よく「投資するお金の余裕がない」という表現を聞きます。これは本当でしょうか?投資するお金がないのではなく、(主に恐怖心から)「投資をしたくない」「将来のことなんか考えたくない」というのが本音ではないでしょうか?あるいは無関心や「投資=お金持ちのすること」という先入観を持っていませんか?もちろん、上に示したように羨望からそう言ったり、投資をしていても嫉みを恐れて「投資してまーす」とは言わない場合もあるでしょう。でも、もし本当にリタイアメントプランも含めて投資/運用を全くしていないのなら、将来大きな問題になります。

「お金がない」というのは社会人でまっとうな仕事をしていれば、相対的な問題であって、生活保護で暮らしているという意味ではないでしょう?毎月、収入があるのに「お金がない」といって運用をしなければ、将来(老後)本当にお金が「ない」状態になってしまいます。だから、「お金がない」からこそ、投資して将来に備えなければならないと思います。投資を1日に$1でもいいから*4、少しずつ始めていけば、きっと自信がついて、将来の大きな糧になると思います。

*1 : 節税や、資産の運用で、という意味です
*2 : もちろん、期待や不安の裏付けとなるデータがあることもありますが、それでも個人投資家の場合は最終的に売り買いするのを決めるのは「気持ち」の部分が大きいでしょう。
*3 : この意味では私はまだ全然身に付いてないです(^^;
*4 : 年率10%で34年間、運用したら1日$1でも$100,000を越えます。具体的な方法は投資のページで紹介していきます。
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